249cc/水冷4サイクル・SOHC単気筒/21PS
2005年式最終モデル
スパーダの次の相棒は利便性重視で選んでみたフォーサイトEX!後年のビッグスクーターのような豪華装備は無いものの、小さめで軽い車体、そして高性能のスクリーンのおかげで使い勝手の良い便利な一台でした!
1995年に発売されたヤマハ・マジェスティは250ccスクーターの概念を変え、若者に大ヒットした歴史的なモデルとなった。マジェスティの誕生までは250ccスクーターというと、おっさん以上の世代のビジネス用途がメインであり、「おしゃれに乗る」などということとは無縁のモデルであった。ホンダは1984年に250ccスクーターの元祖といわれるスペイシー250フリーウェイを、そして1986年にビッグスクーターの元祖と言われる、長い大柄な車体が特徴であるフュージョンをリリースした。フュージョンは「2人乗りが楽で快適ですよ」との売り込みで、若者もターゲットにしていたと思われるが、どちらもアダルト世代のビジネス用途で用いられることが多かったようだ。
1986年はNSR250Rが登場した年。バイクブーム絶頂期で、若者たちはこぞってレーサーレプリカに乗って週末の峠を走っていた時代。そんな時代に誕生したフュージョンは当時は異端児と言えたのかもしれない。
しかしマジェスティの誕生は「ビッグスクーター=おっさん御用達バイク」という概念を覆し、2000年代後半まで続くビッグスクーターのブームにつながった
これはバイク史にとって非常に大きな出来事だったのではなかろうか。初期型マジェスティは1996年には250ccクラスで販売台数トップを記録し、1999年には2代目(SG03J)が登場し、若者に超ヒット、同年の日本国内において最も売れた自動二輪車となった。日本のバイク市場において、ついにスクーターが主役にまで上り詰めたのである。
当然、他社も追従。マジェスティの対抗馬として、250ccにおいては、ホンダはフォーサイトとフォルツァ、スズキはスカイウェイブを登場させて市場を展開した。スズキとのOEM製品ではあるが、カワサキもエプシロン250(=中身はスカイウェイブ)を発売していた。そしてその購買層の中心にいたのは10~20代の若者たちで、「ビッグスクーター=若者の乗り物」というイメージを形成するに至った。

2003年に復刻したモデルは当時の流行を反映し、スクリーンがショート化された「タイプX」も加えて発売された
ホンダのフュージョンも1998年に一度生産が終了していたが、2000年前後のビッグスクーターブームの絶頂期到来によって、ホンダ自体が2003年に再生産してラインナップに復活させたほどの人気モデルとなった。ビッグスクーターブームによって、意図していない形でフュージョンが脚光を浴びることになり、少ない中古が取り合いになり、ホンダも「これは売れる」と見たのであろう。実際、若者にフュージョンは大ヒットし、当時のホンダのHPでは、レザーを着た若いモデルがフュージョンにまたがる写真をバイクのイメージに使うなど、メーカー自体が若者向けをアピールしていた。
フュージョンのデザイナーは、まさか21世紀の若者に「かっこいいビッグスクーター」として支持されることになるとは、夢にも思っていなかっただろう(笑)。ビッグスクーターブームにおいてはロー&ロングスタイルでタンデムしやすいということは重要なファクターになっていたのだから。


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